皇室の為に祈りませふ。

 功も徳も無き無学な者にして「臣民」たる我が身としては、御皇室に対してあれやこれやと申すのは、真に畏れ多い事だと自覚して居る心算です。
 しかし、御皇室に対する昨今の動きに対して憚りながら申し上げさせて頂けるならば、「革命的で、きな臭い不穏な動き」だと捉えて居ります。
 しかも、何たらとか云う有識者会議でしたか、あの中には「社会主義者」が主導権を握っている様な気配がさえします。
 国際的社会主義者が齎した血腥さ、或いは、昭和初期の日本の国家的社会主義者が齎した結果を思えば、有識者会議(それどころか国家の中枢)に社会主義者が巣食っている事に危惧の念を懐いても吝かではないと思います。
 結果如何に依っては国の根幹にも関わる重大な事柄ですから、本来ならば「強いては事を仕損じる」が故に熟慮を以って事に当るのが筋でしょうが、妙に事を急いで居るのは「敢えて事を仕損じる」為に強いている気がするのです、拙速と言えるでしょう。
 
 無能な私には、陛下が「国靖かれ」と祈り給われる如く、「聖壽の無窮と竹の園生の弥栄」を天主に唯只管に祈り願うのみで在ります。

 昭和初期には、皇室の為の祈りが在りました。
 御皇室を取巻く今般の諸状に鑑み、将に今祈るべきお祈りだと思い、此処に紹介致しす次第で在ります。
 PDFファイル形式ですが、どうぞ御皇室の御為にお祈り下さい。
 此処をクリックしてダウンロードして下さい。


 また、「皇国の為の祈り」と云う祈祷文もございました。
 手元に在る資料では、時代的な要因によると思われる変更により、長短2種類の存在を確認して在ります。
 現代の多様な価値観、しかも、国際的社会に於いて祖国を愛すると云う根本的な概念すら失われている今の日本の世の中に於いては、この「皇室の為の祈り」「皇国の為の祈り」を紹介する事に因って、時代錯誤も甚だしい懐古主義者だと嘲笑され、或いは、右翼軍国主義者だと罵倒されるかも知れませんが、日本には「皇」と云う字や「国旗・国家」に拒否・拒絶反応を起こす輩が闊歩して居りますし、それは公教会の中にも巣食って居りますので、馬事雑言は覚悟の上での紹介です。
 心有る方がいらっしゃいましたら、この祈りの希求を良く理解されて、祖国の為に祈る手本として下されたら如何でしょうか?。

 これもPDFファイル形式ですが、どうぞ、祖国の為に祈る手助けに為さって下さい。
 同じ題名の祈祷文でも、大東亜戦争前後で少々違う処が在ります。
 一見にしかずです、ご覧に為られて見て下さい。
 大東亜戦争以前版は此処をクリックしてダウンロードして下さい。
 大東亜戦争以降版は此処をクリックしてダウンロードして下さい。

 大東亜戦争は正規に宣戦布告をした「戦争」ですが、それ以前は「事変」と云う「紛争」が度々起って居りましたが、「事変」は「戦争」では在りません。
 皇国の為の祈りが少々変化したのも、事変から戦争に突入したからではないでしょうか?

 よく「十五年戦争」と呼ばれますが、実は、これは大きな間違いで、この名称の指す十余年の間で日本が交戦国に宣戦布告をし、所謂「国際法上の戦争」としての「戦争」をしたのは昭和十六年十二月八日から始まった大東亜戦争だけで在ります。  それ以前の満州事変から支那事変は突発的な「武力衝突」が引き起こした、所謂「事実上の戦争」と云う「紛争」であり、日本国内に於いてはこの紛争に対して「事変」と云う言葉が用いられました。
 当事国双方何れよりも宣戦布告が為されて居ない各事変の勃発と終結を調べてみれば、この十五年戦争なる名称が誤りで在る事がお判り頂けると思います。

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